ストップ各論

この項の目的は、オルガンの仕様の読み方がわかるようになることです。オルガンの仕様とは、たとえばこのようなもので、オルガンのCDなどで見たことのある方もいらっしゃるでしょう。仕様が読めるようになると、そのオルガンがどういう性格のものか、製作者の意図がどんなものか、大体見当がつくようになります。
ここで必要なのは、ストップの名前を覚えることなのですが、注意しなくてはならないことは、ストップ名称は時代と地域あるいは製作家によっていろいろ異なるということです: すなわち、同じ名前のストップがいつでも同じような音でなるわけではありません。大変ややこしいです。ですから、以下に書いてあることもごくおおざっぱな話で、細かいことを言い出すとそれこそキリがありません。:-)

なお、各ストップについて実際に音をお聴かせできればいいのですが、筆者のPC環境が貧弱なため、そう簡単には実現しません。ご勘弁ください。できれば演奏に使ったストップが明記してあるCDなどを聴いて、ご自身で感じをつかんでください。あるいはここのようなオルガン関係のweb siteで実際に音を確かめるのもお薦めです。

さて、手始めにオルガンの仕様の例を見てみましょう: まずはドイツ。

Steinkirchen: 小教区教会(St. Martini u. Nikolai)
1685/87 : Arp Schnitger (Neuenfelde), 1947/48 : Rudorf. v. Beckerath (Hamburg)

Hauptwerk Brustwerk
1.Quintadena 16'    12.Gedackt 8'
2.Prinzipal 8'  13.Rohrfloete 4'
3.RohrFloete 8' 14. Quinte 3'
4.Oktave 4'  15.Oktave 2'
5.Nazat 3'  16.Spitzfloete 2'
6.Oktave 2'  17.Terzian 2f
7.Gemshorn 2' 18. Scharf 3-4f
8.Sesquialtera 2f 19. Crumhorn 8'
9.Mixture 4-6f 
10.Cimbel 3f 
11.Trompete 8' 
 
Pedal
20.Prinzipal 16' Manualkoppel
21.Oktave 8' Tremulant
22.Oktave 4' Zimbelstern
23.Nachthorn 2'
24.Rauschpfeife 2f
25.Mixtur 4-5f
26.Posaune 16'
27.Trompete 8'
28.Cornet 2'

出典: G. Seggermann, W. Weidenbach " Denkmalorgeln zwischen Elbe und Weser" Merseburger[1986]


この楽器は、17世紀の北部ドイツにおけるオルガン製作の最大の巨匠とされる、アルプ・シュニットガーの典型的な様式を示す楽器の一つで、戦後ベッケラートにより修復され、この地方(Altes Land)ではもっとも音響的によく保存されているシュニットガーの遺品(G.Fock)とされているそうです。

この楽器は2つの手鍵盤とペダル、28の実効的なストップを持っています。(II/P 28などと書きます: ローマ数字で手鍵盤の数を、アラビア数字でストップ数を表します。) 手鍵盤は下から1段目が「ハウプトヴェルク」(直訳すれば「主装置」)、2段目が「ブルストヴェルク」(直訳すれば「胸部装置」)と名付けられ、それぞれ独立のオルガンとなっています。ペダルも同様; このように、バロック以降の北ドイツのオルガンは、それぞれ独立の鍵盤を持ち、はっきりと分離されたオルガンの集合体になっているわけですが、そのあたりの話は別項に残して、今はストップのみに注目しましょう。仕様表では、オルガンのストップを各ヴェルクごとに分けて、並べて書きます。並べる順番は、1) フィート律の大きい(低い)方から、2) フルー管から、とするのが一般的です。上の表では、#11,19,26-28がリード管で、残りはフルー管です。また、ミクスチュアのような複数の管からなるストップは、鍵一つあたりのパイプ本数を表記します。上記の仕様表では、#8-10,17,18,24,25がそれです。列数は上記のように数字にf(列fachの略)やranksという語をつけたり、あるいはローマ数字で記したりします。ミクスチュアはたいていはリード管の前に並べてあります。以下順に上記表のストップを解説します。


#2 Prinzipal 8'
#4 Octave 4'
#7 Octave 2'
#15 Oktave 2'
#20 Prinzipal 16'
#21 Oktave 8'
#22 Oktave 4'

これらは皆プリンツィパル系、すなわち「中庸」のスケールを持つまっすぐな開管のフルー管で、オルガンにとってもっとも基本的で重要な音色のストップ群です。ここに挙げたのはみな、記譜音に対してオクターブの関係を持つストップです。この他に記譜音に対して五度(+オクターブ)の音が出るプリンツィパル系が、#14 Quinte 3'です。本当は2 1/3'と記するべきですが、しばしば3'と書かれることがあります。記譜音に対して三度(+2オクターブ)の音がでる管はたいていの場合プリンツィパル系ではなく広スケール管になりますのでここでは述べません。ドイツ語、英語、フランス語およびイタリア語の名称の例は大体以下の通りです。イタリアおよび英語圏では記譜音からの音程をそのままストップ名称にする習慣があります。ドイツでは「プリンツィパル」の名称は、その鍵盤あるいはヴェルクのもっとも低いフィート律の管に与えられることが多く、ペダルでは16'、ハウプトヴェルク以外の鍵盤では4'が「プリンツィパル」と呼ばれることもあります。この場合、下表の名称はオクターブづつ上または下にずれることになります。なお、繰り返しますが、この表で対応しているからと言って、たとえば北ドイツのPrinzipalとフランスのMontreが「同じ音」であると考えてはいけません。ストップは地域と時代と製作者によりたとえ同じ名称でも全然音の感じが違います。まあそれがオルガン音楽の一つの楽しみでもあるのですが。


フィート律ドイツ語フランス語英語イタリア語
8PrinzipalMontre(Open) DiapasonPrincipale
4OktavePrestantPrincipalOttava
2 2/3Quinte-Twelfth-
2(Super)OktaveDoubletteFifteenthQuintadecima
1 1/3Quinte-NineteenthDecimanona
1(Sifffloete)-TwentysecondVigessimaseconda

"-"は、古典的オルガンでは該当するストップを製作する伝統が無かったことを示す

オルガンの「良し悪し」は、まずこのストップの音色で決まってしまいますね。オルガンの前面に並んでいる「見えてる」パイプは、ほとんどの場合このプリンツィパル系です。このためフランスでは"montre"「陳列」という名称が与えられています。プリンツィパル系のストップは、8' 単独でも使いますが、しばしばオクターブあるいは5度を重ねて用います。管の形は図12の1を見てください



#1 Quintadena 16'

シュニットガーの楽器ではやや広いスケールのフルート管ですが、一般的には、ややスケールの狭い閉管のストップです。基音の他にその12度上の音がよく響くように作ってあります。「小さなQuintaten」という意味で、Quintatenは "quintam tenentes"(5度を保つ)という意味だそうです。管の形は図12の7を見てください。



#3 Rohrfloete 8'
#13 Rohrfloete 4'

英語では"Chimney flute"、フランス語で"Flute a cheminee"、すなわち「煙突付き」と呼ばれる、フルート系の管です。広めの閉管フルート管のふたに、細くて短い「煙突」がついていて、「半閉管」になっています。煙突の部分が、発音の立ち上がりに独特の経過音を付加します。管の形は図12の9を見てください。非常に古くからあったストップで、北ドイツの大きめの楽器にはしばしば見られます。



#5 Nazat 3'

広いスケール管で2 1/3'。英語で"Twelfth"、フランスでは"Nasard"といいます。いわゆる「ソロ・ミューテーション」であり、他のストップと組み合わせて独奏用の独特な音色を作ります。詳しくはフランスのオルガンの仕様例のところで述べます。



#7 Gemshorn 2'

「やぎの角笛」の名を持つフルート系の管。この時代の北ドイツでは、広いスケールで先が先端に向かって管径がやや細くなる開管(半閉管に分類する場合もあります)に作られ、倍音に富んでいます。製作家の趣味と楽器様式によって音色がかなり違うようです。よく似た形のものが、#16 Spitzfloeteです。一般にはSpitzfloeteの方が先細りの度合いが強いとされています。形は図12の4をみてください。



#8 Sesquialtera 2f

ラテン語で「1.5倍」という意味。2 2/3'と1 3/5'の6度音程を持つフルー管からなる2列の複合ストップです。3度管が含まれているので、リードのような独特の音色を基音に加えます。コーラスに混ぜて使うこともあるようです。同様に、1 3/5' + 1 1/3'の短3度音程を持つのが#17 Terzianです。また、古いドイツのオルガンでは、基音が16'のヴェルクに、4列あるいは2列の複合ストップ#24 Rauschpfeifeが備えられることがありました。これは2' + 1 1/3'あるいは4' + 2 1/3' + 2' + 1 1/3'の構成を持ち、小規模なミクスチュアとして使われます。
複合ストップは大変高いフィート律の管を使うので、鍵盤の右の方では実際の笛の長さが物理的に製作できないくらい短くなってしまいます。このため、どこか適当なところで音をオクターブなり5度なり下げます。これを「ブレーク」する、といいます。ドイツ語では"Repetition"、フランス語では"Reprice"。鍵盤のどの音でどういう風にブレークするか、はオルガン製作の勘どころで、多くの製作家が古来より秘術を尽くしました。



#9 MIxtur 4-6f
#10 Cimbel 3f
#18 Scharf 3-4f
#25 Mixtur 4-5f

オクターブと5度管のみからなる複合ストップ。プリンシパルコーラスの最上部音を飾る輝かしい音栓で、まさにオルガンの華といえましょう。Mixtur(英語では"Mixture"、フランス語では"Fourniture"、イタリア語では"Ripieno")はこの種の複合ストップの総称でもありますが、フィート律の低い側と高い側の2つのストップに分割して、低い方をMixtur、高い方を"Zimbel"あるいは"Scharf"と称する場合が多いようです。



#12 Gedackt 8'

閉管のフルート。"Gedeckt"とも。しばしば木製の笛を使います。広いスケールの笛の基本となるおだやかで豊かな音のストップです。フランスでは"Bourdon"と呼ばれ、しばしば倍音ストップを重ねてコーラスを形成します。前のページの分類では、「ブルドン系」に含まれるわけですが、ドイツの古い楽器では「ブルドン系」と「フルート系」を厳密に分けられないことがあります。あまり気にしないでください。管の形は図12の8と12を見てください。



#23 Nachthorn 2'

広いスケールの開管フルート。シュニットガーの場合、2'のペダル用ストップとして現れます。おそらくGedacktと重ねて定旋律のソロを担当したのでしょう。古い時代では同じ名称で複合ストップを指したこともあります。手鍵盤に現れるNachthornは非常に広いスケールの4'または8'の開管フルートで、フランス語では"Cor de nuit"と呼ばれます。近代の楽器では、この手のソロ用フルートがたくさん備えられる傾向がありました。



#11 Trompete 8'
#26 Posaune 16'
#27 Trompete 8'
#28 Cornet 2'

ここからはリード管です。ドイツの古い楽器ではリード管はそれほど多くは備えられませんでした。Trompeteは長い円錐共鳴管を持つ、もっとも代表的なリード管です。国と時代によって全く音色が異なります。同じ名前で16'から4'までのフィート律に現れますが、ここでは16'は"Posaune"、2'は"Cornet"という名前がつけられています。Posauneはご存じの通りトロンボーンのことです。16'のリード管は高価なのですが、オルガンに威厳を与えるのに大変効果があります。Cornetはフランスの"Cornet"と紛らわしいですが、いわゆる「ペダルソロ・リード」で、コラール定旋律を足鍵盤で弾く場合に用いるストップです。スペインでは古くからトランペットをオルガンから水平に突き出して並べたストップがありましたが、19世紀にフランスで取り入れられ、"Trompette en chamade"と呼ばれています。管の形は図12の13を見てください。



#19 Crumhorn 8'

同名の管楽器に由来する名前。円筒形の共鳴管を持っています。ソロリード管ですが、コーラスに混ぜても使われます。フランスでは"Cromorne"と呼ばれますが、だいぶ音色が違います。形は図12の17を見てください。

以上で笛を使ったストップは終わりですが、その他に「付属装置」があります。


Manualkoppel

Koppelは英語で"Coupler"、フランス語で"Accouplement"という、鍵盤間の連結装置です。この場合は2段の鍵盤を連結して、たぶん2段目を弾くと1段目も同時に鍵盤が押される(その逆はない)ようになっているものと思われます。この場合Koppel I/IIなどと書くことがありあります。


Tremulant

音にビブラートをかける装置です。楽器によっては、速度の違う複数のビブラートを備えているものもあります。


Zimbelstern

オルガンには笛以外のものが音を出す仕組みが組み込まれていることがありますが、これはその一つ。Zimbelsternのある楽器では前面にたいていは金色に塗られた「星」(Stern)がついています。Zimbelsternを作動させると、空気の力でオルガンの中に仕掛けられた小さな鐘が鳴りだします。同時に金色の星がクルクルと回転します。クリスマスの時に使う楽しい仕掛けです。



various pipes
1. Prinzipal13. Trompete
2. Floete14. Schalmei
3. Gambe15. Oboe
4. Spitzfloete16. Englischhorn
5. Koppelfloete17. Kurmmhorn
6. Trichterfloete18. Dulcian
7. Quintatoen19. Mussete
8. Gedackt20. Geigenregel
9. Rohrfloete21. Trompetenregel
10. Spitzgedackt22. Vox humana
11. Holzprinzipal23. Rankett
12. Holzgedackt24. Baerpfeife

図12 「主要なパイプの形状」
Fr. Jacob "Die Orgel" p68 より転載




さて、ドイツの次はフランスの古典様式の楽器を見てみましょう。



Souvigny: St. Pierre et St. Paul
1783 : Francois Henri Clicquot (Paris)

Positif Grand'orgue
1.D.Flute 8'     10.Montre 8'
2.Prestant 4'  11.Prestant 4'
3.Doublette 2' 12. Doublette 2'
4.Plein jeu V  13.Plein jeu VI
5.Bourdon 8'  14.Bourdon 8'
6.Nasard 2 1/3' 15.Quinte 2 1/3'
7.Tierce 1 3/5'16. Quarte 2'
8.Cromorne 8' 17. Tierce 1 3/5'
9.Trompette 8' 18. Cornet V
  19. Trompette 8'
  20. Clairon 4'
  21' Voix humaine 8'
Recit Pedal
22.Bourdon 8' 25. Flute 8'
23.Cornet VI 26. Flute 4'
24.Hautbois 8' 27. Trompette 12'
28. Clairon 6'
Accouplement Pos/GO
Tremblant doux
.Tremblant fort

出典: CD解説書 "Jaques Boyvin: Livre d'orgue" / Aude Heurtematte ; Temperaments TEM316004 [1996]


フランスを代表するオルガン建造家の一族Clicquot家のもっとも重要な人物であるFrancois Henriの、よく保存された楽器です。19世紀の末に楽器のピッチをA=440に合わせたほかには、基本的な改造を受けていません。鍵盤は一番下からポジティフ、グラントルグ、レシの順になっています。レシは独奏用の鍵盤で、音階は2オクターブちょっとしかありません。フランスでは、北ドイツのような「ヴェルク」の考えはなく、それぞれの鍵盤に属するパイプは、一つの大きなケースにはいっています。もっともこの楽器のポジティフは演奏者の背中にある「リュックポジティフ」形式になっています。フランスのオルガン音楽は、いくつかの定型的なストップの組み合わせが早くから確立していて、作曲家もそれらを念頭に置いて作曲したので、ドイツのように様々な独奏ストップが発達するようなことはありませんでした。そのあたりはまた別項で。なお、この仕様表はプリンシパル系と広スケール系を分けて書いているようです。ではストップの解説。




#1 D. Flute 8'

すみません、なんでしょうこれは。:-) たぶん#10. Montre 8'と同じだとおもいます。フランスのMontreはドイツのPrinzipalよりずっと基音が強くおだやかです。また、PositifとGrand' orgueで音質の差はありません。



#2. Prestant 4'
#3 Doublette 2'
#11 Prestant 4'
#12 Doublette 2'

いずれもプリンシパル系のオクターブストップです。ポジティフとグラントルグで全く同じストップがそろっているわけです。なお、フランスでは5度管は広いスケールで作りますので、プリンシパル系とはいえません。



#5 Plein jeu V
#13 Plein jeu VI

ドイツのMixturに相当する複合ストップです。フランスでは他に"Fourniture"とか"Cymbale"とかいう複合ストップを使います。Fournitureは低域側、Cymbaleは高域側であることが普通です。N. Dufourqによれば、"Plein jeu"という複合ストップはFournitureとCymbaleの中間的なものだそうです。
さて、一般にフランスではプリンシパル系のコーラスをPlein jeuと呼びます: すなわち、上記のMontre + Prestant + Doublette + Fournitureなどの複合音栓です。Bourdonなどの広いスケールの管を加えることもあります。ポジティフだけで作るプランジュを"Petit plein jeu"と呼ぶことがあります。これに対して、ポジティフとグラントルグの両方を使い、鍵盤を連結させて弾くプランジュを"Grand plein jeu"といいます。たとえばFrancois Couperinの楽譜に"Plein Jeu"と書いてあったら、これらのストップと、定旋律用のペダルのフルートまたはトランペットを使わなくてはなりません。これはお約束です。



#5 Bourdon 8'
#14 Bourdon 8'
#22 Bourdon 8'

ドイツのGedacktに相当する閉管のフルートです。低音域は木製のことが多く、高音域では、Rohrgedacktのような半閉管を使うことがあります。やはりドイツに比べておだやかな音で、単独やPrestantとかさねて伴奏に使ったり、後述するTierceなどのソロ・ミューテーションの「土台」に使ったり、プランジュに混ぜたり、いろいろな用途があります。なお、この楽器にはありませんが、一般的にフランス古典期のやや大きな楽器には、手鍵盤に必ずBourdonの16'があります。



#6 Nasard 2 1/3'
#15 Quinte 2 1/3'

いずれも広いスケールの5度管です。フランス古典期ではプリンシパル系の5度管は滅多に作られませんでした。Nasardとは「鼻にかかった」の意。フランス語の鼻音のことですね。Nasardはブルドン系に分類されます。そもそもフランス古典期には純然たるソロフルートはほとんどありません。その代わり後述するようにフルート管によるコーラスがよく発達しました。Nasardは8'と重ねて特徴的なソロに使ったり("Recit de nasard")、リードコーラスの補強に使ったり、後述するコルネに加えたりしました。なお、Nasardといえば普通は2 1/3'と決まっていましたので、特にフィート律を記述しないのが普通でした。ちなみにNasardの1オクターブ上の 1 1/3'のストップを"Larigot"と言います。



#16 Quarte 2'

Bourdon系。Quarteとは、"Quarte de Nasard"の略で、「ナザールの4度上」ということです。これも広スケールコーラスに使います。ちなみに4'のブルドンはなぜか作られないことが多く、かわりにPrestantを使いました。



#7 Tierce 1 3/5'
#17 Tierce 1 3/5'

Bourdon系。3度管です。フランス人は3度管が好きでした。3度管は後述のコルネの一員になるほか、以下の音栓の組み合わせで"Tierce en taille"を構成して、中低音域でフランス独特の音色を聞かせます: すなわちBourdon 8' + Prestant 4' + Doublette 2'(もしくはQuarte 2')+ Nasard + Tierce。(1'フルートの"Sifflet"が加わる場合もあります。) 一度聴いたら忘れない独特の音です。その他、"Grand Jeu"(後述)に加わったり、ドイツとは比べものにならないくらいの大活躍です。



#18 Cornet V
#23 Cornet VI

上記のTierce en tailleの高音域はリード管のように朗々と響きます。フランス人はこれをCornetと呼び、この5本の管をまとめた複合ストップを作りました。(本当はこの5本の組み合わせによる複合ストップはフランス産ではなくドイツ生まれなのですが、ドイツよりフランスで立派に育ったのであとからドイツに逆輸入されています。) 6列のコルネはたぶん1'管を加えてあるのでしょう。コルネもフランス古典期の音楽では大活躍する特徴的な音色です。ソロの他、高音域があまり良く鳴らないTrompetteを補ったりもしました。グラントルグのコルネは、別に風箱を設けてオルガン内の高い位置に設置することもあり、Cornet separeと呼ばれました。



#25 Flute 8'
#26 Flute 4'

この楽器の録音を聴く限りではBourdon系のように聞こえます。:-) ペダルに4'フルートがあるのは珍しいようです。フランスのペダルは古典期では未発達で、用途も、聖歌の定旋律を受け持つか左手の補助程度しかありませんでした。したがってまずは8'のリード管とフルートがあるくらいで、ちょうどこの楽器ができた頃になってようやく他のストップが付け加えられはじめました。

以上でフルーストップは終わり、以下はリード管です。フランスの楽器の特色のひとつは、豊かなリードコーラスにあります: そのためのリード管がたくさん作られています。といっても音色としては実は3種類くらいしかありません。すなわちコーラス用のTrompette、ソロ用のCromorne、レガール系のVoix humaineです。



#8 Cromorne 8'

ドイツのKrumhornの親戚になる、直円筒形の共鳴管を持ったリードストップ。古典期の楽器では、ポジティフに必ず8'のクロモルヌがあります。Prestantと重ねた組み合わせは"recit de cromorne"などと呼ばれ、古典期の楽曲にかかすことできないソロリードストップです。



#9 Trompette 8'
#19 Trompette 8'
#20 Clairon 4'
#27 Trompette 12'
#28 Clairon 6'

フランスの楽器には楽器の規模の割にたくさんTrompette系の音栓があります。フランス人はリードコーラスの豪快な音色をことのほか好んだようです。手鍵盤のTrompette管すべてにプレスタン、コルネを加えた音色を"Grand Jeu"とよび、比較的規模が大きく対位法的な楽曲に使われました。大きな楽器ではグラントルグに16'トランペット管も作られ"Bombarde"と呼ばれましたが、大量の風を消費するため、他のストップに影響しないように別な風箱と鍵盤(やはりボンバルドと呼ばれた)を与えたものもありました。ところでペダルのTrompetteが8'ではなく12'になっているのには訳があります。クラブサンでもそうですが、フランス人は低音が好きなのかやたらと鍵盤を低音側に拡張したがります。鍵盤の低域への拡張を一般にravalementといいますが、オルガンでは、ペダルのリード管のみを最低音を通常のCではなく5度下のFにすることがしばしばありました。このとき12'という記述をしたのです。6'も同断。ですから実際は12'→8'、6'→4'ということになります。このあたりの話はまた別項でとりあげると思います。



#21 Voix humaine 8'

「人の声」という名を持つこのレガール系ストップは非常に古くからありました。ドイツでは"Vox humana"、イタリアでは"Voce umana"とよばれますが、イタリアでは同じ名で別の音栓を指すことがあります。のどの奥が鳴るような柔らかい音色で、トレモロをかけてソロで使ったり、他の音栓と混ぜて色つけしたりします。形状はさまざま。図12の22に例が出ていますが、前のページも見てください。



#24 Hautbois 8'

「オーボエ」。トランペットのリードを細くして、高音域でも使えるソロ用にしたものです。コーラスに混ぜても使います。



なお、この楽器にはtremulantが2種類ついています。




さて、ようやくフランスの楽器が終わって、書く方もだいぶ疲れてきました。 :-) バッハの森が関心があるオルガン音楽について言えばこれでだいたい十分なのですが、もう少し補足します。すなわち、イタリアの楽器の話と、ストリング系ストップの話です。

イタリアではオルガンは近代に至るまでほとんど1段手鍵盤の小規模のままでリード管を持たないものでしたが、特徴あるストップを必ず備えています。それは上にも書いた"Voce umana"なのですが、リード管ではなくプリンシパル8'を、ほんの少しずらして調律したものです。正しい調律のプリンシパルと併せて鳴らすと、調律の差だけうなりが生じ、緩やかなトレモロがかかったような音がします。この発想はドイツの楽器にも持ち込まれ、"Unda maris"「海の波」と呼ばれるストップになりました。フランス近代の楽器では同様のものが狭いスケールで作られ"Voix celeste"と呼ばれます。

狭いスケールの音栓すなわちストリング系は上記の説明では触れませんでしたが(強いて言えばQuntadenaがやや狭いスケール)、バロック期の楽器では中部以南のドイツのやや大きな楽器に好んで作られました。。"Viola da gamba"というきわめて狭いスケールのストップはやや古くからありました。図12の3を見てください。他には"Salizional"というストップも見かけることがあります。狭いスケールの管は、さわさわとした「弦楽器のような」音がするので、19世紀に音響理念が「管弦楽の模倣」を理想にするようになってからは多用されるようになりました。いわゆる「ロマンティックオルガン」には欠かせないものとなっています。

あと一つだけ、いわゆる"overblow"タイプの音栓を紹介しましょう。フルー管の真ん中付近に小さな穴をあけて、十分な風を送り込むと、基音ではなくオクターブ上の鋭い音が鳴ります。この現象を使ったのが"Querfloete""Flauto traverso"などと呼ばれる音栓です。近代になってフランスの楽器に"Flute harmonique"と呼ばれるストップがあらわれ、英国などでも多用されました。






さて、長々と書いてきましたが、大体おわかりいただけたでしょうか。なにしろ音の実例がないので、是非CDなどで実際の楽音に当たって確認してみてください。オルガン音楽と建造技術の伝統の幅広さ奥深さがきっと実感できるでしょう。お薦めのCDを手許にあるうちからいくつかあげておきます。

ドイツのオルガンでは:
>>Orgellandschaft Thueringen<< Michael Schoenheit; DG: MDG319 0552-2 [1995]

"Dietrik Buxtehude: Integrale de l'Oeuvre pour Orgue 3" / Jean-Charles Ablitzer; HARMONIC: H/CD 8830 [1990]

"Piet Kee at Weingarten" ; CHANDOS: CHAN 0520 [1991]

フランス系のオルガンでは仕様表にあげたものの他に:
"Nicolas Lebegue" / Antoine Bouchard; REM: 311286 XCD [1996]

"Jan Pieterszoon Sweelink: Psaumes et Chorals" / Ensemble vocal Sagittarius, Freddy Eicherlberger; Temperaments TEM 316006 [1995]

ここではとりあげませんでしたが、いわゆる近代の「ロマンティックオルガン」では:
"Louis Vierne: 24 Pieces de Fantaisie" / Ben van Oosten; DG: MDG316 0847-2 [1998]

"Maurice Durufle: Integrale de l'Oeuvre pour Orgue" / Olivier Latry; BNL: 112508 [1985]

"Catharine Crozier plays Organ Music of Leo Sowerby" ; DELOS: D/CD 3075 [1988]


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